貴方の話に傾聴する。
その第一次からの段階的抽象化を考える。
貴方のその断片的なひとつひとつの着想は、いわば第一次情報だから…
その儘では、大きな意味をもてないわ。
貴方の欲望を私の中の他の欲望(思考)と関連させ、纏めて、第二次的情報にしなければ…
思考の整理をしながら、傾聴する。
貴方は、考えながら話すことが苦手と言っていたけれども、大丈夫よ。
私の得意分野だから、全て任せて。
思考の整理というのは、抽象の梯子を登って、メタ化していくことにほかならない。
貴方の着想、とても素晴らしいのよ…
だからこそ、その次元にとどめておいたのでは、勿体ない。
それでは、いつまで経っても、単なる思いつきでしかないことになる。
嗚呼、それは絶対に駄目。
考えろ、考えろ、考えろ…
整理・抽象化を極限まで高めると、高度の思考になる。
普遍性を大きくしたい。
どうしてだろう…うまく纏まらない…
「ももか、抽象の梯子を降りろ」
学生時代の私にそう命じた人間の言葉が心の中に響き渡ってくる…
それは一般意味論でしょ?
誤解の多いコミュニケーションを救うには、抽象の梯子を降りて、二次的、三次的情報を一時的情報に還元する方法が有効。
でも、それでは文化の方向とは、逆行する。
人知の発達は、情報のメタ化…上位概念化と並行してきた。
抽象の梯子を登ることを恐れるな。
To be continued...

