「百々果さんってエロいっていうか…

なんていうか、めっちゃ色気ありますよね。」


君、「色気」と「エロい」は同一に取り扱われていいものではないんじゃない?


色気のある人に見られたい人は多いかもしれないけれども、エロい人に見られたいという人は滅多にいるものではないでしょう。


色気というものに絞って思考すると、その人が放つ色気の量と、その人が積み重ねた教養の量は、比例するのではないかと私は想います。


幼少期、勉強する目的は世界を広げるためだと教わりました。一理あるよね。


花を一つの有機物として見る生物学。

花を一瞬の人口美に彩る華道。

あるいはその花言葉からひとつの短編を紡ぐ文学。

もしくはその花に百年の憂いを見出す哲学。

定型分にその美を凍結させる詩歌学。

その花をどこでどう売れば利益を最大化できるか考えるのはマーケティング学。


視点は多ければ多いほど良い。

それを愉しむ視座が増えるのだから…


しかし、一つのものを豊かに視るということは、逆にどんな角度から見てもなんの風情も感じないものに遭遇した時、味わう苦痛が倍増するということでもあります。


貴方にアプローズ(𝐴𝑃𝑃𝐿𝐴𝑈𝑆𝐸)という花の名前を教えるということ。


花鳥風月。森羅万象。


その万物の中から、貴方の記憶にいつまでも私という存在を香りのように残したいと願う時、なにが貴方にとって重要で重要でないか。何が必要とされ必要とされないか。


今の私の知識の持ち合わせで、

貴方に何ができるか。


何を言えるか。

そして、何を言わないか。


それを感得するためには、莫大な量のインプット・アウトプット・試行錯誤を重ねる必要がある。


これこそ勉強の本質ではないかな。


魅力的な貴方を、ほんの少しの会話で、獰猛に私の世界に閉じ込めてしまう色気を手に入れるため…


「自然界に存在するのかな?」


「…」


だから、私は答えなかったのよ。


追伸


私だけの𝑲𝒏𝒊𝒈𝒉𝒕 𝑻へ


私が本当に頭が良いと思う男性は、

お酒を飲んでいて愉しい人では、ない。


オレンジジュースを一緒に飲んでいたとしても、心の底から愉しいと想える人です。


ただ、いつもの場所を一緒に歩いているだけで、街が見違えて見えてくる人です。


そしてそれは、貴方の教養のおかげ。

貴方の世界解釈のおかげ。


つまり、貴方が放つ、色気のおかげなのよ。


色気は、エロと違って、脱ぐことも着ることもできないでしょう。


ただ、そこに存在するだけで香り立つものよ。


きっと、絶対に、存在するよ。


一緒に探しましょう。


今年のバレンタインは、貴方のお城に伺いたいと想っております。

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