百々果のお庭

2025年08月

本日20:00のBlogは【24:00更新】になります❤︎


プリンッ‼︎

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論文や研究発表の題に、細かい規定のついたものがある。


たとえば「ヘミングウェイの文体の特徴、とくに、初期作品における形容詞の使用についての一考察」といったもの。


これは「ヘミングウェイの文体」として、あとは実際の中身を見て判断してもらうというやり方もあるね。それに比べて、さきのように細かい但し書きがついていると、その論文が、何を述べようとしたものかの検討がついて便利ではある。


同時に、あまり手のうちを見せてしまうと、かえって興味をそそられることが少なくなるというマイナスもないではないよね。


私は、ただ「ヘミングウェイの文体」としておいた方が、ふくみがあって面白いと想う。


ところで、実際に貴方にどのようなセッションを描きたいのか、テーマは何かと訊いてみると、とうとうと愛らしく喋り出す。


大抵は5分経っても、10分経っても終わらない。一部には、なるべくことこまかに述べることが良いという誤解がある場合がある。


しかし、長く説明しなければならないほど、考えが未整理なのよ。


貴方の中で完成されたはずのその欲望は、実はまだ構想すら出来上がっていない。


よく考え抜かれてくれば、

おのずから、中心が絞られてくる。


「ヘミングウェイの文体の特徴、とくに初期作品における形容詞の使用についての一考察」にしても「ヘミングウェイの形容詞」とした方がかえって、描く人の意図をよく伝えるかもしれないわ。


だいたい、修飾語を多くつけると、表現は弱くなる傾向をもっている。


「花」だけでいい。


「赤い花」とすると、

かえって含蓄が小さくなる。


「燃えるような真っ赤な花」とすると、

さらに限定された花しか伝えられなくなる。


修飾を多くすれば、厳密になる。

しかし不用意に行うと、伝達性をそこねかねない。厭味になることすらある。


一般に、永い間、語り継がれてきた御伽話にはあまり形容詞がない。


「花」は「花」であって、「燃えるような真っ赤な花」はまずあらわれない。


名詞中心。


私は表現をギリギリまで純化したかった。


まず、副詞が削られる。

副詞の次には、形容詞もギリギリ必要なものでない限り、落とした方が洗練される。

削って、削って、削り落とす。


すると、名詞に至る。


思考の整理は、名詞を主とした題名ができたところで本質的に完成する。


この方法はアメリカの学術誌などで広く行われていて馴染み深いものになっているんだけれども、日本では、まだ一般的ではない。


抽象の梯子を登って、テーマや題名に至ることほどはっきりさせる方法は少なくないよ。

実際にそういう構成で描くかは別として、考えをまとめる時の参考にはなるよね。


「ヘミングウェイの文体の特徴、とくに初期作品における形容詞の使用についての一考察」といった題名がついていれば、この題名がどういう意味であるか、理解に苦しむということはまずない。ところが「ヘミングウェイの形容詞」といった題名がついている論文だと、形容詞がどうしたのか、よく分からない。


この表現だけから内容を想像すると、

検討はずれになることがないとは言えない。


そうでしょ?


それだけに「本文を読んでみよう、読まなくてはいけない」という気持ちをおこさせる。


だから、私の次回作もタイトルは中身がすっかり出来上がってしまってから、最後につけた。


論文作成の指導書に印象深い注意書きがあったの。


「テーマは〝シングル・センテンス(一文)〟で表現されるものでなくてはならない。」


貴方にテーマを説明させたら、10分も15分も喋っているようでは、とてもシングル・センテンスでまとめるという芸当はできそうもない。


先ず、一文で言い表しなさい。


そうしたら、その中の名詞をとって、表題とすることはなんでもないはずよ。


思考の整理の究極は、表題。


だから、私は貴方にこう名付けた。


「Shangri-La-理想郷-」


追伸


三上章という優れた文法学者がいた。


彼の主著のひとつに『象は鼻が長い』がある。

この題名を見て、書店員はてっきり童話の本だと思い込んで、子どもの棚へと入れてしまったそうなの。


実は、この本は二重主格を扱った日本文法論。


兎に角、題名はくせもの。


題名だけを見て、これはこういう本であると断定するのはたいへん乱暴よ。


題名の本当の意味は、

よくわからないとすべき。


全体を読んでしまえば、

もう説明するまでもなく、理解できるでしょう。

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新しい舞台の法律を聴いた貴方は、


「選びますね。」


そう言った。


私は、そもそも劣等感の塊。

だからこそ、日々コツコツ自信の種まきをして育てている。


自信というのは、筋肉みたいなもの。


育てようとしないと育たないし、

一度育てたら永遠というわけでもない。

自信は自分で守って、管理する必要がある。


自信を守る方法でいちばん大切なのは、

付き合う人に〝不自然さがない人を選ぶ〟こと。


せっかく「チャレンジして、失敗して、なんとかする」を繰り返して自信を育ててきたのに、他人に奪われてしまうなんてとんでもないことよ。


自信を傷つけるのは一瞬。

傷つけられた自信は簡単には取り戻せない。


法律は、私。


もう誰にも奪わせない。


私は選ぶ。


だから、貴方を選んだのよ。


追伸


私もこの1年間は「離れた方がいいのはわかっていても、諸事情により離れられない」という状況に何度も遭遇した。


以下、私の執事役からのアドバイス。


そういう時は、


自分にできることを淡々とやる。

冷静に、やるべきことに集中する。

自分の職務を全うする。


それでも何か言われた時もあったけれども、


「あなたはそう思うんだね。

でもね、私は私のことが大好きだよ。」


そう心の中で何度も唱え続けた。


罵倒されたタイミングを、

自分に愛のおまじないをかけるチャンスにしてあげてね。


ピンク色の魔法🍑🪄🩷

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私だけの騎士団~ハートのJack ~

私だけのKnight諸君へ


🗝️暗証番号条件🗝️

「この世界で最も美しい庭園」


洗練された構造設計…

感性豊かで情熱的植栽…


永遠に生き続ける花園。

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私は大人になってから、

本気で怒ったことは殆どない。


人間がふたりいれば、どちらも悪い。

そして、どちらも正しい。


このような微妙な問題は、

話し合いでは解決しないものだよね。


私はそれでもふたりでいようとするのならば、

「話し合いでは解決しませんね」という解決方法をとるしかないと想う。


この場合、「どちらも悪いが、どちらも正しい」という前提をお互いがインストールしている場合は、和解はできなくとも理解は早い。


余計な言い争いをする必要がない。


貴方と私の時間は限られてる…

だから、穏やかな気持ちで過ごしたいんだ。


追伸


どちらも悪く、

どちらも正しいことを前提として…


「ももか、ごめんね。

僕が全部、わるかったよ。」


いつも、ありがとう。

感謝しています。

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